読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

キネマ備忘録

映画「批評」というより思いつきの備忘録です。作品ごとに点数化。

ほえる犬は噛まない(監督:ポンジュノ) 85点

 

今週のお題「映画の夏」

ほえる犬は噛まない [DVD]

ほえる犬は噛まない [DVD]

 

 おもしろい。

狭い人間関係の間に起こるドタバタ劇の見本みたいな映画だ。

話の転がし方、伏線の張り方が見事で、大ヒットするような映画ではない(実際しなかったようだ)けれども、観るとじんわり心に残る。

といっても別に"感動"するというわけではない。そんな作風でもない。

「ふーむ・・・」という感じの心の残り方だ。

それは、韓国社会に根強く残る金権主義的な問題点をコミカルに描いていたり、そこらの犬をアレしてしまうという(ネタばれになりそうで言えない)先進諸国の感覚からいえば??な感覚を抱かせたり、、というような社会的なところではなく、イ・ソンジェ演ずる主人公夫婦のややみじめな関係性と、ペ・ドゥナ演ずる冴えない女の子とその友人との関係性の二重のラインで物語が進行していくので、話に深みが出ているからなのだ。

これは何度もいうようだが、社会的な解釈とか批評とかができるという意味で褒めているのではない。韓国のどこかでまさに起こりうる現実を生々しく描くホームドラマとして良質であり、「見応え」があるといっているのだ。

でも、犬好きは観ない方がいいかもしれない。冒頭がちょっと辛いだろう。

シンゴジラ(監督:庵野秀明)80点 ※追記

今週のお題「映画の夏」

ーーーーーーーー

惜しい!惜しすぎる!

 

見終わったときの感想だ。

原因はたった一つ、石原さとみだ。

はてブでは↓のトップコメントのような意見も散見されるが、
f:id:cinemaormovie:20160809234523j:image

・・こんな擁護の仕方しちゃダメだろう。笑

もう映画評としての石原さとみ論じゃなくて、石原さとみファンとしての援護弾にしかなってない。

アメリカの大統領候補になることが囁かれているという、ちょっと笑っちゃうくらいの設定を与えてしまっているのに、日本語より英語の方がヘタクソとはどういうことなのか。

色々なレビューを見ていても、作中の石原さとみの英語について触れているものは多く、「日本人としては頑張った方」とか言ってるけども、それは違う。この役には日本語と英語のレベルが最低でも同程度に操れる役者を当てねばならなかった。きょうびそんな女優はいくらでもいたはずだ。英会話教室がスポンサーになって仕事の合間に勉強してる程度の英語力じゃ全然駄目なのである。

これでは、非常に重要なキーパーソンへの「なんだこいつは??」という苛立ちと違和感を拭えないままラストシーンへ観客を突入させることになってしまう(それでも「あの」ラストシーンだったからその直前の鬱陶しい石原さとみのシーンを忘れられたが)。

言っておきたいが、これは「帰国子女的なウザいキャラが表現できててよかった」とか、そんなレベルの話でもない。

たとえばある人物を日本人という設定にしながら日本語のできない外国人を用いて無理やり日本語を喋らせる映画があったとしたら、しかもそれが物語の鍵を握る人物とされていたら、まず、「このキャラクターは日本人なのになぜ日本語が不自由なのだろう」と余計な推測を観客に強いるだろう。そしてその答えが作中で示唆されなければ、作り手のキャスティング能力を疑い、次にその役者を起用した背景事情を勘ぐりたくなり、ひいては作品全体の評価に影響を与えざるを得ないだろう。

つまり、観賞におけるすごく邪魔なノイズになるということだ。

作品についてはすでに絶賛コメントが溢れているように、庵野監督の想いが凝縮され、ゴジラの造形、撮り方、ラストシーンなど、美しいまでの畏怖を与えてくれる極上の「災害映画」に仕上がっている。

なのに、なのに・・、まるでとびきり上等のスープを飲み終えて皿の底を覗いたら、誰かの睫毛が1本入っていたかのような苦々しさを抱えたまま劇場をあとにすることになってしまった。

誰の提案(圧力?)でこうなったかは知らないが、本当に残念で悔やまれる。

それでもこの点数というのはほとんど最高点に近い。しかし、こんな石原さとみの作中の露出時間があまりに多かったおかげで、減点幅も大きかった。

※追記

Youtubeにシンゴジラ出演者のインタビューが上がってたが、石原さとみ曰く、「なにがなんでも出たいと思ってマネージャーに何度もラインしてた」そうだ。「決まったときは叫びました」なんつってるが、おいおい、本人からのアプローチだったのか。ボクが叫びたいよ。たぶんそのあと事務所が頑張ってフォローして出演が実現したというわけだろう。本当に日本映画の現状、泣けてくる。石原さとみファンになんと言われようとも、だ。

 

ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 (監督:ラリー・チャールズ) 80点

 

 

 

 バロンコーエンの映画は一度観るべき、といろいろな人に勧められ、これまでなんとなく(というか以下の理由で)敬遠していたのだが、まあブログも始めたことだし・・と、借りてみる。アカデミーも獲ってるしね。それから、最近ちょっとウツ気味で、なんとなくコメディで一発笑いたかった気分ということもある。

 そして。

 見始めた瞬間から、「参ったな・・」と思った。

 話の筋は、主役のバロンコーエンがカザフスタンの架空のテレビレポーター「ボラット」なる人物に扮し(バロンコーエン自身はユダヤ系イギリス人なのだが)、福祉や経済、文化について学びそれをレポートするためにアメリカへ向かうが、そこで「異文化人」であることを隠れ蓑にアメリカ中のあらゆる場所でむちゃくちゃな騒動を起こすというもの。

 「参ったな・・」というのは、冒頭からカザフスタンの農民に「こいつは村のレイプ魔」と言ってみたり、あからさまな女性差別、ユダヤ人差別発言のオンパレードが続いたり、黒人に対しては「チョコレート色の顔!それもノーメイク!」などという場面が連続するからだ。

・・・まあ、アメリカで”過激”を標榜するコメディ(サウスパークのようなアニメも含む)ではこういったギャグはもう朝飯前という感覚になってしまっているので、もうしょうがないといえばしょうがないんだけれども(また、バロンコーエン自身がユダヤ人であるというギャグのベースは承知しているつもりなんだが)、どうも私はある種のレイシズムを利用したジョークにはその凄惨な歴史的背景を想いなかなか笑えないタチなので、むしろムクムクと嫌悪感が沸きあがってきたのである。

 しかし、後半へ行くにつれて、このきわめて常識はずれなボラットというキャラクターは、相変わらずフルチンで暴れまわったり見知らぬ女性にトイレでのケツの拭き方を教わったりしながらも、あくまで物語の文脈の中で(驚いたことにこの荒唐無稽なコメディにはちゃんとした冒険譚としてのストーリー性が用意されている)、キリスト教原理主義者の集会に参加し、いかにも奇妙な教義をベースにした狂気的な祈祷を強制されたり、保守主義者たちの集まるロデオボーイの大会では「イラクの人民を抹殺せよ」とスピーチをして拍手喝さいを浴びたり・・、要は、「マナー」というものさしで測ればおよそ社会に適合していないボラットが、アメリカの一部の集団の中に入ると、むしろ彼以外の大衆の方が異常性を帯びているのではないか、しかもそれはフリチンでパーティーに乱入するなどという上辺の珍妙さよりももっと根本的で恐ろしい問題を内包しているのではないかと思わせてくれるのである。ほんの一瞬だが。

 この一瞬を通過してようやく私は、ああこれは彼なりの社会ドラマなのだと安心を与えてもらい、そこから笑いがどんどんこみあげてきた。カザフスタン人に対して無用の偏見を与えるだけの映画でしかないなら(それでも実際カザフスタン政府からかなり厳重なクレームを受けたようだが)、そんな映画は評価に値もしないと思うけれども、私はこの彼の社会性の一点で、辛うじてこの映画を「過剰だけど気楽なコメディ」としてとらえることができたのだ。その挙句、最後のパメラ・アンダーソンを袋でくるんでしまうシーンなどはもはやボラットの「一味」に心境がなってしまっていて、「おうおう心底惚れた女なんだ、やれやれ!」などと大笑いしながら応援してしまったものである。

 今作に高い点数を与えたのは、撮影中おそらく何度も警察沙汰になったであろうバロンコーエンの体を張った(ギャグ)演技への敬意と、どこまで演出としてなのかわからないが、半ドキュメンタリーとしては極めて巧みなディティールと、物語運びの上手さへの称賛である。それはたとえば、私は冒頭のホテルのシーンでボラットがエレベーター内を客室と勘違いして荷物を広げようとするので真面目そうなホテルマンにたしなめられるところで爆笑してしまったが、これはホテルマンがバロンコーエンがコメディアンであるということを知らないとからこそ生まれたやり取りの面白味だろう。一方で、冒頭のユーモア教室で「Not!(なんてね!)」というギャグを教えてもらうくだりは、(もしこれが完全なアドリブとしたら)バロンコーエンの素人遣いの巧さによってテンポの良さが生み出されているのだろうし、この「Not」は終盤のあるシーンで上手に生かされてもいる。このあたりは映画の「演出」としてのうまさなのである。

そんなわけでなんだか愛憎入り混じった映画だったが、とにかくこれだけ笑ってしまった罪悪感含め、この点数で後悔は、ない。

Mr.インクレディブル (監督:ブラッド・バード) 65点

いまさらMr.インクレディブルというのもなんだけど、↓この記事

www.cinematoday.jp

 の、それも「2位」だったこの作品に注目。

 

 

Mr.インクレディブル [DVD]

Mr.インクレディブル [DVD]

 

 

インクレディブルって、2004年の公開だからもう10年以上前の映画ということになる。いつか観た記憶があるんだが、話の大まかな流れ以外はほとんど忘れてしまっている。月日の経つのが早いというべきか、私の記憶能力に難があるというべきか(おそらく後者)。

本作は、この当時でも興行成績2.6億ドルに達しているとのことだし、この年のアカデミー長編映画賞も取っているので、商業的にも批評的にも大成功を収めたといって間違いはない。そんなこんなの、「2位」である。

ちなみに3位は『カールじいさんの空飛ぶ家』で、日本のアニメでは7位に『かぐや姫の物語』、10位に『風立ちぬ』が入っている。

 

物語のあらすじは言うまでもないかもしれないけれど、超人的な特殊能力を持つ「ヒーロー」が時代の流れとともに社会の隅に追いやられ「一般人」になりすました生活を送っているという世界で、もともとインクレディブルのファンだった少年シンドロームがインクレディブルに冷たくあしらわれた幼い頃の経験から自らがマッドサイエンティスト・ヒーローとなってあらゆる巨大殺戮マシンを開発しかつての復讐を企てるも、インクレディブル一家全員が力を合わせてそれに対抗していくというもの。

まあ、おもしろいといえばおもしろい。

ピクサー制作の映画ということで映像のクオリティ、具体的にはCGアニメーションの技術ということになろうが、これには文句のつけどころがない。たとえば中後半、ダッシュ君というチビッ子の長男がジャングルで、刃のようなものをウィンウィン回転させる機構を持つ飛行隊から猛スピードで逃げ回るシーンがあるが、そのスピード感が臨場感をもって表現されているので、テンポのいいチェイスものとしてスカッとする出来になっている。

その他にも、スーパーヒーローものに「家族」という設定を付加した以上、和やかな家族映画としての要素も持たさざるを得ないわけだけだが、ここもまあ、ひととおりの演出はできている。

まずインクレディブル夫婦間の、「ヒーローへのノスタルジーにあこがれる夫」と、「過去の栄光にとらわれず普通の人間として社会生活を送ってほしい妻」という対立・葛藤。そして、特殊能力を遺伝的に有するにもかかわらず上記の家庭方針からそれを思うままに使うことを許されない子どもたち。

そして結局、特殊能力を自主的に封じ込めてきたこの家族は最終的に夫の生命を脅かす敵のためにその「決めごと」を解放し、立ち上がるというわけである。

大筋はこの程度のもので、その中にフロゾンという、まあ簡単に言ってしまえば「氷使い」のヒーローが参戦しながら、物語は結末へ向かっていくわけだ(ちなみにこのフロゾンというキャラクターはあくまでオマケのあつかいをされてはいるが非常に気に入っている。掌から繰り出される氷の柱が非常に画面映えするし、それをどんどん発射してレール代わりにしその上をスピードスケーターのように滑っていくさまがカッコいいのだ。しかし、相手はインクレディブルをもっても倒せないほどの怪力のマシンなので、噴射する氷は武器としては一寸の足止めというくらいにしか役立っていない。やっぱりオマケキャラなんだね)。

 

しかしまあ・・・、これだけなのである。

ヒーローがヒーローであることに疑問を持ったり、ヒーローの正当性が社会的に疑われ始め一般人として生活せざるを得ないというようなプロットは、アメコミの本場ではほかにも色々な作品が既にあるし、家族モノというところをフューチャーしていくにしても、この家族にはそもそも特に家庭的不和や経済的苦境があるわけでもない。唯一中盤から、敵側の秘書である謎めいた銀髪女性ミラージュと夫との関係を妻が怪しむ場面があるが、少々の不安を抱く描写を少し見せただけで、そのあとミラージュとインクレディブルが抱き合うシーンまで目撃することになるにもかかわらず、おとがめなし。「そりゃインクレディブルを信じてるからさ」といわれればそれ以上何も言えないが、とにかくこの映画は、家庭不和をこてにして新しいスーパーヒーローものを描こうとしているわけではないのだなと思った。

つまり、普段は温和にうまくいっている家族がたまたまヒーローだった過去を持ち、昔のインネンをつけて現れたイカれたギーク野郎を、家族のきずなでやっつける映画。

つまり、言い切ろうと思えばこう言い切れてしまうストーリーとしての弱みが、70点を下回らせてしまった。これで映像技術までずさんなものだったら、もっと低い点数になっていただろう。

僕が評価したい映画は、日々の生活に新しい色を加え、刺激を与え、色々なことを考えさせてくれる映画だ。つまり、観賞後に「何か」を心に置き残してくれる映画だ。

点数はどれだけその「何か」を僕に残してくれたかを示すものでありたい。

漫画の世界でも、絵は下手でも心にずっしり来るマンガはいくらでもある。そしてその逆もしかりということだ。

この映画のおまけには『カーズ』の予告編が入っていて、そういうところがまた月日の流れの速さを感じさせてくれるわけだが・・・。笑 恥ずかしながら『カーズ』は未見なので、みてみようかなと思った次第である。